ヴィンテージの魅力
新品以外の、誰かが使ったものが苦手でした。
素敵だな、おしゃれだな、と思う気持ちはあっても、古着屋さんのワンピースやヴィンテージの食器類にはどうしても手が出なかったのです。
見知らぬ相手の思いを勝手に重く感じてしまっていたためかもしれません。それは雑誌や店頭で見るだけのもので、自分が使うあるいは所有するものという感覚は全くありませんでした。
あくまでも遠くで眺める存在だったのが、私と「ヴィンテージ」との付き合いかたの筈だったのです。
ところが、突然、です。
ある日雑誌の中の、今まで野暮ったくさえ感じていた、昭和レトロを象徴するようなあの黄みがかった木目調の内装のリビングの写真が、急に胸にグッと来たのです。
自分の中の何が変化したのかわかりません。ただただそのページに引き込まれました。その写真から伝わる家に対する持ち主の愛情と、経年美と温もりに心を奪われたのです。
実家にある組木の床板、曲げ木の椅子、天童木工の座卓、バタフライチェアに剣持スツール…突然それらが、私の好きな北欧の木工品や陶器の世界と手をつないだ瞬間でした。
そして理解しました。
私が今まで好ましいと思った品々は、私がこの先ずっと使っていきたいと感じて選んだもので、そして私が素敵だと感じたヴィンテージは、やはり先人たちも同じ魅力を感じていたものだったのだと。
今、わたしは先人からバトンを受け取ったのだ!大げさですが、まるで雷にでも打たれたような衝撃で気が付いたのです。
そして、我が家のリビングのキャビネット候補に、ヴィンテージ家具という選択が新たに加わりました。
ヴィンテージ家具の選び方
アンティーク、ヴィンテージ、レトロ、ブロカント。
古いものを指すときに使われる言葉達ですが、明確な基準はないようです。
一つの目安としては、アメリカの通称関税法に照らし合わせて
・ヴィンテージ…20年以上前のもの
・アンティーク…100年以上経過したもの
・レトロ…20年以上前のものという使われ方と、古いデザインという使われ方がある
・ブロカント…古道具という意味のフランス語、庶民が使う生活用品が主である
となります。
私たちがこれらを手に入れたいと思った時に購入先として実店舗やネット販売などがありますが、まずはヴィンテージ家具とはどんなものなのか、実際に実店舗をみて回ることにしました。
北欧家具の魅力は何と言っても、深みのある色と無駄のない洗練された佇まいに尽きるのではないでしょうか。その美しい木目に使われているのは、オールドチーク・ローズウッド・オークが代表的なものです。
- チークは経年耐久性が強く、使い込むほどに天然オイル成分が艶を増します。黄褐色で細かな縞模様が特徴です。
- ローズウッドは赤紫がかった濃さが上品で、この家具があることで部屋が上質になることは間違いありません。重厚な陶器やガラス工芸を合わせて置きたくなります。
- オークは大胆な木目がカジュアルな雰囲気で、軽さや明るさを演出できます。
いくつかを見て回るうちに、私の好みはオールドチークということがわかってきました。
置き場所を決めれて、収納したいものの量と大きさを測ります。使い勝手を考えて引き出しがついている物が良いだろうな。でもライティングデスクは高さがあるので却下。…と具体的に何を求めるかわかれば、あとは出会い待ちです。
大抵こういった家具は2,3か月に一度船便で届くことが多いらしく、のんびり気長に待つことにしました。お店の方にお聞きしたところ、これだ!と思う家具はすぐピンと来るそうです。
好きな気持ちが大きければ、一つ二つの不都合なんてどうにでも折り合いが付いちゃうものらしいですよ、とのこと。
納得です。
「物語」のある家具
たくさんの家具との出会いの中で、私が選んだのは「BRANTORPS」のキャビネットです。オールドチークの色合いと、引き戸の持ち手の愛らしさにいっぺんで虜になりました。
無駄がない真四角のデザインながらシャープな印象は不思議と無くて、なぜかふっくらとしたフォルムさえ感じさせます。
下部はスライド式の引き戸で図鑑と書類が入り、上部は鍵穴付きの引出で容量も申し分ありませんでした。
都度鍵で開閉しなければならないのがこの家具の少しの不便でしたが、そんなことは本当に取るに足らない気持ちです。
このスウェーデンBrantorps Mobelfabrik社製のキャビネットは、ミッドセンチュリーと言われるスカンジナビアモダンのデザインです。
この大胆な形と機能性、そして人間らしい温かみは現代の日本のライフスタイルに通じるほどの影響力を持って20世紀のデザイン史に君臨しています。
ミッドセンチュリーの歴史をひも解く
ミッドセンチュリーとは、1940~1960年代にデザインされた家具のことを言いますが、この時代のことを指す言葉としても使われます。直訳すると1世紀の中間、という意味ですものね。
当時のスウェーデン、ノルウェー、フィンランドそしてデンマークの北欧諸国と呼ばれる国々では各々独自の文化と共に、共通の現代デザインの流れを育んできました。歴史をひも解いていくと、そこには明るさだけではない背景が浮かび上がってきます。
戦前のアメリカでも経済繁栄の上にミッドセンチュリーが花開きますが、北欧諸国も北欧文化を基盤としたデザインで世界の注目を浴びていました。
しかし世界産業の中心を担うアメリカに比べ、広大な自然の中で都市化工業化が進まない北欧はヨーロッパでも遅れを取っていました。
戦争の影響が色濃く疲弊する経済・慢性的な材料不足の中でも、若いデザイナーたちはより明るく、より合理的なデザインを追及しました。
戦時中手に入れることが出来た材料つまり北欧諸国が太古から共生してきた自然の材料を用いて、彼らの納屋や自宅の片隅で制作をはじめ、大戦が終わるころには世界に例のない北欧家具独自の様式を作っていたのです。
そうして作られた家具の一つが我が家のキャビネットなのです。家具にまつわる歴史というよりも、大きな物語を感じます。
これこそがヴィンテージ家具の魅力、ものが作られた「物語」と、それが醸し出す存在感なのですね!
家具を通して考える、豊かな人生
このキャビネットはそんな戦後間もない頃に作られたものだそうです。シンプルな中にも心地よさを大切にした愛嬌のあるデザインを感じます。
欧米に比べ広いとは言えない間取りの居住環境は、まさに今の日本と同じではないでしょうか。
身体や暮らしとの合理性から導き出されたフォルムやサイズなどの人間工学は、使っていて本当に生活にフィットするのです。
脚のついたデザインも、家具を下にたまる湿気から通気性で守っています。椅子の高さ、テーブルの高さが心地よいように、上部の大きな引出しも腰をかがめず使える高さなのです。
ヴィンテージ家具には個性があり、味わいの深さがあります。天板にある小さな焼跡にも、これは燭台の跡だろうか、それともお父さんの煙草の跡だろうかと想像が膨らみます。
これが、使い継がれていくという感覚なのかもしれません。古いものに第二の人生を与えるという、今を生きるものとしての使命も感じます。
新しいものを買うよりも、ヴィンテージを買うことのほうが難しい。
傷みもあるし、使用年数と希少価値が釣り合って価格が適正なのか正直私にはわかりません。
でも、魅了される度合いは新品よりも深い気がします。作り手と使い手の美意識が国を超えてまで双方を結びつけるのです。
家具が運んでくる物語も一緒に暮らすということ。
本当に好きなものに囲まれて暮らす、そんな暮らしこそがとても豊かで心地よいということを、ヴィンテージは私に語りかけてくるのです。